【専門解説】PSM(価格感度メーター)─消費者は「いくらなら買うのか?」

価格は、消費者の購買意思決定に最も直結する要素の一つです。しかし、「いくらなら売れるのか?」「価格を下げれば本当に売れるのか?」「高すぎないが安すぎない最適価格はどこか?」こうした問いに対して、定量的な根拠を持って答えるためのリサーチ手法が「PSM:Price Sensitivity Meter(価格感度メーター)」です。
本記事では、PSMの理論から実務での応用、特に流通・スーパー・惣菜・新商品などの商材での使い方に焦点をあてて詳しく解説します。

PSMとは?──価格に対する“許容の範囲”を可視化する手法

PSMは、1976年にVan Westendorpによって提案された価格受容性の測定手法です。消費者に「いくらなら高いか?」「安すぎると思うか?」といった質問を通じて、心理的な価格帯(価格の受容ゾーン)を導出します。

 4つの設問で構成される

消費者に対して、以下の4つの価格について聞きます:

設問カテゴリ質問例回答例(円)
高すぎる「この商品が高すぎて買いたくないと思う価格はいくらですか?」600円
高いが許容「高いとは感じるが、品質が良ければ検討する価格はいくらですか?」500円
安いが許容「安いと感じるが、まだ品質に不安はない価格はいくらですか?」350円
安すぎる「安すぎて品質を疑う価格はいくらですか?」250円

これらの回答をもとに、価格感度曲線を描き、**最適価格帯(心理的に受け入れられやすいゾーン)**を抽出します。

PSMの分析指標と読み方

4つの価格カテゴリから得られた分布を累積曲線として描き、それぞれの交点を分析します。実務ではエクセルや専用ソフトでグラフ化し、視覚的に判断します。

主な価格指標

指標名意味
最適価格点(OPP)「高すぎる」と「安すぎる」が交差する点。価格に対する拒否反応が最小の価格帯。
無関心価格点(IPT)「高いが許容」と「安いが許容」が交差する点。価格への感度が最も低い価格。
価格許容帯(Range of Acceptable Price)高いが許容〜安いが許容の範囲。安心して売れる価格帯。
利用価格(実務視点)実際に商品を流通させることを想定した価格(販売価格)。分析結果と流通構造を踏まえて決定される。

利用価格の決め方──“実務”で価格を設定するには

PSMは心理的価格受容性を見るツールであって、原価・流通マージン・競合価格などを加味しなければ“実際に売れる価格”にはなりません。実務では、PSMの結果から「販売上のリスクが低く、かつ利益率も取れる点」を“利用価格”として設定します。

利用価格設定における追加要素

要素内容
原価製造原価、仕入原価
流通マージン小売・卸の利益構造
競合価格市場内の類似商品とのバランス
利幅売上目標に基づく希望利益
店頭価格表示の見栄え税込300円/498円など、端数の心理的効果も

PSMの流通現場での応用

スーパー・量販店の商品導入時

スーパーでは、新規導入商品の価格決定において、以下のような懸念があります:
・「売れないほど高い」価格で導入してしまうリスク
・「ブランド価値を下げるほど安い」価格で販売してしまうリスク

PSMの活用例

惣菜売場での新商品「中華惣菜シリーズ」の価格設定
・顧客にPSM調査を実施 → 最適価格帯は320〜400円
利用価格として税込398円で設置 → 実際の販売後の反応も良好

流通バイヤーとの交渉材料に

メーカー側がPSMで価格感度データを示すことで、流通側に対して「この価格なら受容される見込みがある」という説得材料になります。

→ 特に小売主導のカテゴリでは、エビデンスに基づく価格提案が交渉を円滑に進める上で極めて有効です。

新商品開発・テストマーケティングでのPSM活用

 惣菜や即食商品など「日常購買品」の場合

・消費者は価格に敏感
・過度な価格差は購買離脱を引き起こす
・PSMで「安すぎる」と感じるラインもチェック → 価格破壊によるブランド毀損を防げる

実例

新発売の「玄米入りごはんパック」
 → 安すぎる:120円未満で品質不信
 → 最適価格点:158円
 → 利用価格:168円(税込181円)で店頭販売

高付加価値型商品の場合

・たとえば、「オーガニック・スパイス惣菜」など、差別化された新商品の場合
「高いが許容される」ラインをしっかり確保することで、プレミアム戦略の妥当性を判断可能

PSM実施時の注意点と限界

注意点解説
価格帯の先入観消費者は価格帯に慣れており、回答がアンカリングされやすい(300円前後の惣菜など)
新カテゴリは難しい市場にない新ジャンルでは、消費者の価格感が形成されておらず、回答にばらつきが出やすい
ストレートに価格を聞く限界購買状況・購買環境(割引・陳列・販促)を含まないため、実売とのギャップが起こりやすい
単品分析であるバスケット購買(複数商品を合わせて購入)では、全体の価格バランスが重要になるため、PSMだけでは判断が難しい場合もある

実務でのベストプラクティス:PSM + α

手法補完目的
PSM + 意向調査「この価格で買いたいと思うか?」の行動意向との組み合わせ
PSM + コンジョイント分析特徴・機能・価格のトレードオフによる最適価格戦略
PSM + セグメント分析年代・利用頻度・購買チャネル別に価格感度の違いを見る
店頭実売データとの比較実際のPOSデータや購買ログとPSM結果を突き合わせて検証する

まとめ:PSMは価格戦略の起点、利用価格は実務との接点

PSMは、消費者の心理的な価格受容ゾーンを定量的に把握できる貴重なリサーチ手法です。しかしそれだけで価格を決めることはできません。原価・流通・競合・ブランド戦略を踏まえた「利用価格」設計が不可欠です。とくに、スーパー・惣菜・日配品・即食系の新商品開発においては、PSMは非常に実務的に活用しやすく、商品導入前に「リスクの少ない価格設定」を実現するための意思決定材料として重宝されます。